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死・? チベット死者の書

1993年9月に初版が発行された本です。

今から30年も前に発刊されたのですが2023年の今呼んでもなるほどと感動してしまう内容だった。

その内容を少し説明してみます。

あなたがた慈悲深い方々よ このものはこのよを去ってあの世に行こうとしております。

困難な旅をしようとしています・・・・・と始まります。

死とはなにか、いかに死ぬか地球上にクロマニヨン人が出現してから三万年もの時間が流れた・・?

等々・・死後の世界についてお話が続きます。

の内容は以下の通り

第一章 失われた 神話の知恵

第二章 時代が必要とする知恵 埋葬協の発見

第三章 臨死における光の導き

第四章 生きているチベット死者の書

最終章は 第13章 ダライ ラマの叡智

最終章 死の思想を現代に発掘する。

第1章と第2章だけですが各章の大まかな内容は!

「パルド」とは中間で途中という意味で「死」は終わりではなく一つの
プロセスに過ぎないと言う考え方なのだと、生死を繰り返している大き
な旅の途中なだと説いています。

【チベット死者の書】では、人の死は「パルド」からこの世に誕生し、再
び「パルド」に帰っていく永遠の流れの中にいるのだと説いているのです。

ここは不滅で生も死もない。
ここで49日間延々と耳もとで説いて聞かせるのです。

うこの光景は「NHK」のテレビでも放送されました。

「日本でも葬儀の後35日法要と49日法要がある」チベットの流れがあるのか!


第二章 時代が必要とする知恵・・埋蔵教の発見
この経典は「パドマサム バウ”ァ」(蓮華生) がお作りになり、ッォギエル
が記憶し書写して埋蔵したもの!

のちにカルマリンパが、聖なるカムポリ山より発見してこの世にもたらしたもの
である。

パドサムッサは5回目の再生者であるカルマリンパの修行僧が発見したと伝えられ
ている。

この埋蔵教の伝承は現在も生きているです。

今後もどこかの山に隠された、秘められた聖なる経典が発見される可能性があるの
です。

第二章までの感想しか書いていませんが、日本の仏教の流れの源なのだろうかと考えてしまいました。

読後の感想

人は必ず今の世を去るのですが・・誰もが一番恐れるし来てほしくない「死」を、チベットでは、人が「死」を迎えるとあなたは「中間」に行くのですよと49日間耳元で語りかける。

日本ではこの世から去るその寸前のこと、完全にこの世を去った時の世界のことは教えてはくれないし誰もそのことが分かる人がいない・・・?

「チベット」死者の書で死者に語りかける内容の中に「これから」あなたにはとんでもない轟音が聞こえてきますがそれをおそれることはないんだぞ!と死にゆく人にきかせるのです。

死後に起こであろうことを細やかに教え別の世界に行って迷う事のないように語るのです。

日本で言えば「成仏」とは・とか・成仏するまでにサマザマ起こる事,三途の川、既にこの世を去った身近な人と出会うであろう・・起こることなどお経で・・?伝える・・?

チベットの使者の書では・・・この世をさったときはアーなるぞ こうなるぞと延々と死者に教えているのです。

仏教の信者の私はこの本を読んでみてうなずくところがおおかった死に対する不安は消えませんがこのほんで少しはあの世の入り口の前に立ったのでしょう。

死んだら無になると思っている忙しい現代の人におすす目の本だった!

!すごい評判の「巫女」霊能者が亡き母を語った。

噂どうり本者の「霊能者」だった。

私がお会いできたあの「霊能者」の方は・・?

霊媒師?霊能者?と名乗っている方は全国には多くおられるのでしょう ・?

本物か? いかがわしいのか・? は自分で判断するほうが納得出来るでしょう, 外見とか報道「SNS.テレビ」などで華々しく活躍しているようなお話ではなく、地方の田舎で誰にも知られずひっそりとまと、「まさか」これがほんものと思われる霊能者もいるのです。

地方では「巫女」「占い師」「神様」とかさまざまな言い方がありますが・・・・?

報道で活躍されておられるような御方にお願いすほど財力もない私は風の便りで聞いた私の住まいからは車で一時間以上も離れた初めて聞くような地名にお住いのすごい「霊能者」がいると聞き尋ねてみました。

お会いした第一印象は、どう見ても素朴などこにでも居そうな「オバサン」だった。

このお方が、しばらくしてとんでもない「霊能者」だとすぐに分かることになる。

お会いして、自己紹介をすると・・ハイ・・分かりましたこっちに来てくださいと言われたので家内と一緒に入ったところは祭壇が飾れれてある一室だった。

私があうことが出来たた「巫女」さんが、私にはなした一言で、驚いてしまいあと何を話されたのか耳に入らなかった。

それは、こうです

「巫女」さんのひとことで、数年前に旅立った「亡母」の葬儀前日、私と義姉とのやり取りがまざまざと思い浮かんできたのです。

「実母」がこ数年前に、 あの世にいってしまった「母」今は、どうなんだろうか!

幸せとか不幸とかの、生身の人のような現象があの世でもあるのだろうか、今こ の時に「あの世」ではどうしているのだろうか・? あの世の世界を見ることなどはは・できるのか・?

その辺の陽だまりでボンヤリリて いる凡人には分かるはずもなく・! それでも何となく気になる「母親」 のこと! お盆も、お彼岸でも、欠かさずお墓参りはしていた。

生家からとくべつな出来事等の連絡があった訳でもなくなんとなく、旅立った母の事が思い出されて「巫女」さんをたずねたのです。

「巫女」さんのお話が聞きたくていたのであろう・・! とよその人に見えたのか、 あいつは「巫女」さんの話を聞きたがっている ゾッ! ㇳ・? とでも写っていたのだろうと と思うよなタイミングで「巫女」さんの噂話が聞こえて来たのです。

霊的な「スピリチアル」の話では、実際の距離は関係がないと、だれもが 考える事なのですが、世の中どんな「霊媒師」がいるのか疑わしい部分も距 離とか事前調査によっては考えられるので物理的な「距離」は氣になってはいました。

霊能者が、依頼者の「事前調査」をしていた・・? 噂の域を出ないのですが・・? 事前調査をしてから「霊媒」「巫女」とし て依頼者の相談を受ける・? 受けていた・? などの話もあるので相手「巫女」 さんの、お金儲けを助けるために「実母」の霊・・?を呼び出したくはなか ったし「あちら」のまともな話を聞いてみたいとも思っていました。

自分はそんな「巫女」の報道には「半信半疑」だったのです・? しかし、大大的に全国放送をするとなれば、放送前の事前準備は相当のも のでしょうし、当然その周辺では噂がでてもおかしくないのでしょう。

一個人のたわごとです、報道と同じく考えるのも どかだ?  いくら「巫女」の商売・・?といっても実際の距離は相当数もはなれた依頼者の 話し言葉ばも少し違っている場所の他人のことなど調べることな出来ないはず だし、いつ来るかわからない、どこからくるかもわからない見知らぬ他人の ことを調べることなどするはずがないしその必要もないのだと考えられたので、聞ければ本者なはずだと 噂話で聞いていた「巫女」さん のところに行って見ようと思ったのです。

本者は質素だった

「巫女」さんと話をしてみて「ビックリ」! カ-ナビもないころですから、何方かの歌 の歌詞のように、地図をたより に方々で聞きながら「巫女」さんの家にたどりついたのです。

当然ですが、その日に、話を聞くのは無理かもしれない、「巫女」さんには なんの事前の連絡もしていませんし、先客があるかもしれなし、今回は行く だけで、後日に出直す気持ちで目的の「巫女」さんをたずねたのです。

その日は「タイミング」のいい日だった! 先客が相談を終えて「巫女」さんに帰りの挨拶をしているところだったのです。

また、いいことに私たち以外に「相談者」はいなくて予約もはいっては いなと言うのです。

「巫女」さんと対面、何方の依頼なのか・・・? 何の依頼なのか…・・? いつの「仏さま」なのかを聞かれたのですが・・! それ以外は何の話も無 く、祭壇に向かいお経をとなえ始めたのです・・・・! お経をとなえている途中で・・・「ウン」「ウン」とか言って「仏」さまは・ ・ヨォー と「巫女」さんが私の方を向いて話し始めたのです。

その時の「巫女」さんと私のやりとりは・・! 「巫女」さん  ハハ-「仏様」はお棺に入れられた時「白衣装」ではなかったようで すが・ ノォー ・?? 「自分」 ハイ その通りです。

「巫女」さんがそれでも・・・でも少しは白い様にもみえるが ノォー・・! 「聞かれた私は・ ハィ!  浴衣姿で病院で息お引き取った母はそのままの姿で「病院」 から自宅に戻ってきた事を・・「巫女」さんに話した。

私は・・・病院で消毒 も済ませていたので、お棺に入れる時に浴衣はその ままにしてその上に、旅立ちの「白衣装」を重ねたのですが! 「巫女」さんが  ハハ- なるほどそれでこんな姿にみえるのか・・!「ウン・ウン」 といって、また、お経を続けた。

少しの時間が過ぎたころ「巫女」さんが・・!お経を止めて「ウン・ウン」 といいながらこっちを向て「仏様」は何か小さい手毬のようなものを持って、笑い がら、楽しい楽しいと言っているだが ・ ノォー ! その時私は 「エッ」! まさかと息をのんだ!

私・・ハィ それは、自分と兄嫁しか知らないことなのですが・・ 「母」は趣味で御殿まりを作っていたのです ・ 入院前に「ピンポン」たま ぐらいの御殿まりを二個つくったのが最後の手毬でしたが・・!   「巫女」さん なるほどこれで分かった・・・? 「ウン・ウン」といいながらこっちを向いて「仏さまは」??はこういっている ヨッ・!

「巫女」さんにはすべて見えていた! 

こっちはなんの心配もいらない ヨッ! と言っているが ノォー ❔❔❓

そこまで聞いた時に・・・「本者」がここにいるのだ、目の前に本者がいる・?

本当の「巫女」さんは・・・煌びやかでもなく、飾り立てているわけでもな くそのへんにる、普通のおばさんだったのです。

一連の話を聞いて帰るときに「巫女」さんは、一日二人の相談を受けるだけ で疲れて、疲れて、きょうはこれでおしまいだ ノォー・・・!?

早々に「巫女」さん宅を後にして・・・! ふと我にかえって・? 本当に霊(仏様)を見ることが出来る「巫女」さん はいるのだと、確信し感動えさせられたのです。

おわりに

葬儀のときに棺に入れた「御殿まり」のことは、自分と兄嫁 としか知らないことなのですそれは「お通夜」で親戚縁者と通夜振る舞いで酒をのんで いた時兄嫁が自分に、棺のなかに「御殿まり」をいれたいの だが、タンスの中に入っているし棺をどかさないとタンスの 引きだしが引けなから、お棺をどかしたいので力をかせと言ってきたので、手伝った・ その時に御殿まりの他かにも入れたのを昨日のように思いだし ます。

実兄、実姉、たちだれも知らないのですそんな身内 も知らないことなので「巫女」さんは、聞いてもいないし見 てもいないのは当たり前の話なのです・・?

ごく最近に お世話になった「巫女」」「霊能者」さんの話を再度聞きたいと思い 尋ねる前に連絡を入れてみ処・・・・? 

すでに 向うの世界に旅立ってしまいましたと ご遺族の話でした。

良く聞く話ですが・・? 霊を扱うことが出来る人は・・? 良い 悪い とさまざまな霊が体に入ってくるので 早くこのよから あの世に行くと聞いたことがあります・?

一日二人を 霊視 透視 霊媒 をするだけで身体の披露が大変だと言っていた意味が  分かったような氣がした。

あなた近くにも知らずにいる「巫女」「霊能」がいるとおもいます。