妻が「脳梗塞」その前兆はこうだった!?

47日間の入院となった!

途方に暮れるとは、言葉では知っていましたが実際に体験するとは夢にも考えたことはなかった、又考えても解決できることではなかったので考えないようにもしていた。

現実・・・その日の夜からまさかの、一人生活になったのです。

家の中の事を全て今まで通りにこなしていくのは大変なことだ! とよそ様の話、「対岸の火事・・?」で「フゥン」大変なんだナ-ぐらいの感覚で聞いていたのが100%そんな聞きたくない嫌な話なるべく避けて通りたい話が・・! たった今自分まさに現実になってしまったのです。

「ゲームで復活・・?」時間が来れば・? 電源を切れば元に戻る・・・? 夕方になれば今まで通りの生活になる・・? 全くそんなことはなかった、もろにどっぷりと寂しさの現実が襲い掛かってきたのです。

家に帰ればなんとかなる・?

家にかえれば灯かりが付いていてご飯が出来ていて・・ ご飯にする・! お風呂にする・! テレビの物語ではない・・? 現実に何もかも全てを自分が一人でうす暗い家で日々の暮らしを動かさなければならない・・・?

家に帰っても当然灯かりはつていない、なんの香り・? なんの匂いもしない・? 嘆いていても助けてくれる人はいない・一人の寂しさが現実に起こったその日ぐらいは張りつめているので疲れもかんじなかったのですが・・2日~4日ぐらいの日にちの経過が、とんでもなく寂しい辛さを持ってくるのです、こんな時に見るテレビとか新聞とか雑誌とかは只眺めるだけで記憶に残らないしそんなものどうでもよくなってきた。

脳梗塞になる前兆はあったのか・・

今は退院している妻に「脳梗塞」になる前、前兆はあったか、なにか変化はあったのか、その日の何日前かの変化はあったのかどうだったのかと聞いてみると、言われてみて凡その記憶をそれとなく考えてみれば、1ヶ月だったか2ヶ月だったかハッキリしないのですが、なんとなく手のシビレがあったような今迄経験していない事が起こっていたような氣がしていた、そんな事を思い出すくらいでそのほかの変化はなかったように思うと言うのです・・?

誰でもそのような言い方をすると思うのですが、手のかすかなシビレは疲れによるものだろうと思っていてそうです。

高血圧でかかりつけ医に一ヶ月に一度は、薬の処方してもらう為に診察に通っていたのですがその段階では診察を受けても、特に今迄と変わらない診察で医師からはいつものように薬の処方をしてもらっていた。

梗塞になる当日は・・?

梗塞になる当日の様子は全くいつもと同じ朝だった・・! なんとなくどっかが変だとい言うことは無かったのですが午前10時ころに妻が、なにか後ろに引っ張られるよな氣して嫌だから・・?なんとなく気持ちが落ち着かないから病院に行くよ言ってきたので、「スワッ」一大事とすぐに総合病院に車を走らせた、車の中では特別変わった様子もなかった、脳梗塞だったら右手指と左手指を顔の前で合わせて見たらと言うと、軽く「ホレ」チヤント合うでしょうと車の中で右左の手の指を顔の前で合わせて見せてくれた・・・・?

日曜日で、掛かりつけ医は休診なので総合病院に向かったのです。「結果的にこれも正解」脳梗塞は時間との闘いで回りくどい時間が無かった、あっちに行ったり救急車を呼んだりと、診察までのもどかしい時間が無かったのも助かった一因だったのだろうと思うのです。

総合病院の入り口で妻を車から降ろした時!

妻を総合病院の入り口で車から降ろしたとき、それは起こった「脳梗塞」の症状が急に出て来た・・? 車を駐車場に入れようとした時です・・・・!車から降りたのですが真っすぐに立っていられず「崩れる」のです・・・・その時とっさに ! 柱にもたれかかれ!と大声で怒鳴った・・・妻は必至で入口の柱にもたれかかっていた、大急ぎで車を駐車の空きスぺ-スに入れて柱に必死でもたれかかっている妻を抱くようにして救急外来の受付に行ったときは梗塞が進み体が倒れるよになってしまった、ただ事ではない・・・・!

もどかしい受付にいた時、タダならぬ様子を見ていたのでしょう、看護師の方が大急ぎで車椅子にのせて特急で診察室に妻を連れて行ったのです。

救急外来の待合室には何人か診察を待っているひとはいたのいですが・・・?

一時間ほど待合室で待っていたら、担当の看護師と思われる方が自分の所に来て、奥さんは「脳梗塞」で処置をしていますからもう少し待っていていてください、もう少ししたら担当の医師からも病状の説明がありますから・・・???

これは「とんでもない事」になる!

救急診察の待合室で・・心細く不安を抱えながら待っていた自分に看護師の方が来た! 今から担当の医師が奥さんの病状の説明をするそうですから私について下さい・・・・?

救急車も直接入ってくる広い救急外来診察室の一角にあるブラインドで仕切ってあるところに案内された。なんと待っていてくれたのは女医さんだった・・ハイここに座って下さいと丸い回転椅子を案内されたその時は緊張は最高潮になっていた。

入院は間違いないのですが肝心の「妻」が見えない・・? まさかあの世に・・寝てキリに? と思っていた時女医さんがそれでは 今から奥さんの病状を説明しますからこのパソコン画面を持て下さい・・?

それは、脳の断層の画面だった「エッ」これが妻の頭の中・・・?と思っていたら女医さんが、いきなりこれは脳梗塞の画面ですここに白い模様のようなものが見えつでしょう、これが梗塞した場所です・・?

続けて女医さんが説明してくれたのは・・! これは治りません「消えません」と言う事だった、これ以上悪化しないように入院して治療を続けて行くしか助かる方法はありません ・・!

ハイ分かりました、助かっているのだ ❓?

女医さんの前です!! 男こ泣きをグッとこらえて、只ありがとうございましたと頭下げるその声はかすかに震えていた・・!

入院病棟迄案内してくれる看護師の方が、奥さんはこっちですよと車椅子に点滴を下げた「妻」の所に連れて行ってくれた。

話は出来るし、顔もさっきまでとそれほどかわりが無いし「エッ」大丈夫なのか・・と声をかけたら「ウン」こうなっちゃったと済ました様子に!茫然としてしまいこっちがおかしくなるようだった。

入院病棟の担当医師も決まり、病室で担当の医師から言われたことはこの梗塞は「ラクナ」梗塞と言う脳梗塞の一種ですこれからリハビリをしてなるべく今までどうりの生活が出来ようにケア-をしていきます、と言ってくれた。

右麻痺と言語障害も起こってきますと言われたのですが、素早い「総合病院」の処置で元気なころとなんら変わることが無いほどに回復して、47日目に退院、今は麻痺もほとんどありません・・・ トホホ!ヤット我に返れたこれが「現実」なのです。

近くの知り合いの奥さんも「脳梗塞」になった!!

後日、知り合いの主人から自分の「奥さん」の場合はこんな状態だったと言っていた話を紹介します。

月に一度の掛かりつけの医院に薬の処方をしてもらうために医院にいつものように出かけて行った。

受診の前まではなんともなかっのだったそうですが、イザ医者の前でいつものように診察が始まったとたん、その場で意識を失い倒れる寸前に看護師と医師に支えられて即、総合病院に急救車で運ばれたが、そこで開業医は今から診療を打ち切りますと休診にして、救急車に乗り総合病院に一緒に行ったのだそうですが、やっぱり素早い対応でだったので、今までと遜色のない状態になれると言われたそうです、此の奥さん元気でたまに会うことがあります。

おわりに

普段となんとなく体の調子がおかしい、いつもと違う体の不具合を感じた時は、開業医「かかりつけ医」に相談をすることだと感じた・思った!

すこし疲れたからとか? 寝不足をしたからと素人診療はしないで、即、医師の診察をうけるのが自分を助けるのだとつくづく考えさせられた。

素人の観察では・?「高血圧」の処理とイザの時の対応しだいでは重病になる可能性があるようです。

自分の妻は高血圧で医院に通っていた。、知り合いの奥さんも高血圧で医院に通っていたんだと主人に聞きました。

自分の身体には、臆病になるのもいいのかもしれません。

身内の認知症を経験!




認知症が改善する? アルツハイマ-が改善していく2015-2-8日の
「夢の扉」と言う番組をみて驚きました。

人間の体の異常を異常でないよにするためには医師の診断で投薬か
手術かなどの判断をして頂いてその指示に従って自分の治癒力とで
異常でない方向に向かわせてその結果治癒、完治、ということにな
る・・?

加齢とともに「認知症」は来ると思った。

但し人間の病の全てにあてはまるものでもないことは、万人だれも
が周知しているこでもありますが。

老化と病はべつものであることは感じているものの痴呆は!老化=
認知症「痴呆」?

と自分は思っていたので認知症は不治の病と「2015-2-8」のテレビ
番組を見るまではそう思っていた。

「昔、認知症は、今よりももっと多くいたと思う!
批判を覚悟で簡単な言い方をすれば年寄りは「アホ」になる? 自分
の若いころは歳を重ねていくことはそういう事なのだと、あたり前の
ように感じていた。

自分もそろそろ「アホ」の仲間いりの年齢に近づいてきた介護、認知、
痴呆、全てのお年寄りがとは言いませんが、これだけは加齢とともに
我が身に降りかかって来ることであり、あきらめるしかないことだと
考えているのがほとんどではないだろうかと思うのです。

せめて自分だけはと願う!

高齢者の集まりで、だれもが必ず言うことは、子供に迷惑を掛けたく
ない!よそ様に迷惑を掛けたくないと言う言い方を必ず聞くのです。

自分自身もその年齢になり、今までに多くの「お年寄り」を見てきま
した・・徘徊老人の姿・・?

徘徊をしたくてしているのではないのでしょうが「他人」の目でみれ
ば、即座に「家族」は何しているのだ、と言う言い方になってしまう。

痴ほうになりたくて「痴呆症」になっている人などいる訳もないので
すが「痴呆」になり、徘徊している人もかつては、徘徊?「痴呆」に

なっているどなたかの姿を見て、せめて自分だけはあんなふうにはな
らないようにと思いながら来た人ではないだろうか?

せめて自分だけでも「身内」「他人」の人の世話にならないようにと
願ってきていたとおもうのです。

しかし、それが?老人は認知症になり、一度痴呆になれば「この病気」
は治らないものだと思われてきたのですが・?

最近の素晴らしい医学の研究と進歩で投薬?食べ物?等で痴呆症、認知
症が改善する事ができるようになってきたのです。

不治の病とあきらめられていた「病」が改善できる様になってきたと言

うのです。

これはテレビの放送「夢の扉」で知ったのです。

自分の身内で「父」が認知症になったので、既に経験済みでしたが、
あの番組には驚かされました。


姿、恰好は、風情、は変わらないのに、話し言葉とか 何かの行動を起
す時にそれが分かるのです。

当の本人は「自分の」行動が理解できない・? 子供にしてみれば、悲

しいし、悔しいし、残念でならなかった。

あのような症状が治っていく、改善されていくことはとんでもないこと
なのだと思い驚きながら「NHKスペシヤル」の番組を見ていました。

但し、番組のなかでも紹介されていましたが、その症状に煩わされてい
る全ての方が改善するわけではないとも話していました。

自分の「父」の場合は脳梗塞を患ってから少しずつ痴呆になっていった
と思うのです。

その当時の医療は・・今考えてみるとビックリするような施術なのです
がお医者様の治療には無学の大衆は何も言えることではなかった。

「父」が 脳梗塞で寝たきりになり 高血圧が起こり 病状が少しやや
こしくなってきたのでしょう、往診に来たお医者様が注射を腕に刺して
血液を抜いて血圧を下げる施術をするのです。

抜いた血液を洗面器で堆肥場に捨てに行かされたのを今でも思いだす。

それでも? 脳梗塞のほうはは改善れたのでしょう・・寝たきりが改善
され自分で起き上がり少しづつ歩けるように回復し、安心したのもつか
の間今度は 動けるようになってから分かったのが その頃の大人が言
っていた。 「バカ」になっていると言われなくて 日本脳炎・・??
と言っていた思うと 「痴呆症」 になってしまったのです。

痴呆と言う言葉が無くて「当たった」と言っていたようのも思いだされ

るですが・・言語障害から始まり・・・・その後はテレビで放映された

そのもでした。

おわりに
「認知症」になりたくてなる人はいないのですが当人がよそから、あな

たは「認知症」ですよと言われても・・?自分に言われている当人がな

にを言われているのか分からない・?

身内であればこんなに悲しいこともないのです。
当人の身体の外見はなにも変わっていにのですから!