FXの負けを挽回する事ができたのか・・?

令和4年「2022」5月19日現在全く挽回は出来ていない!

4月の損失をそのまま引きずり・・やっぱり・・ダメです、私が負けている原因は分かっているのです、それは少ない資金¥20.000.-円で倍率を10倍にしているので負けるときの金額はとんでもなく大きく感じてしまう。

分かっているのに何故同じことをするのか・・それは少ない資金で取引出来る通貨ぺア-がこのランド円しかないと思っているからなんだ!・・?

0.5通貨か0.1通貨でも取引が出来るのを知ったのはつい3月の終わりごろなのだ!

今迄の証券会社・?ではなくネットバンク「ペイペイBK」で扱っているFX取引を使っていたそれが良かったのか悪かったのか・・扱い出来る通貨の最低単位が1千通貨だったので、ランド円しか¥20.00.-では取引ができなかったのです。

それに「チャ-ト」がよその証券会社に比べて分かり難かったのです。

これは完全に言い訳のなにものでもありません、負けた要因を、チヤ-トと銀行のせいにして言い逃れをしているのです。

持ち金の半分も消えてしまった、その原因は売りから入った事、ここまで値が上がったら売りますと待ち状態「指値」で注文・・それも午後5時から6時ごろで、全く自分本位での注文なんですから、海外の動く時間は・・夢の中・・?

チャ-トを常に意識してみていればチャンスもあるのに、あったのに・・その時間を夢の中「お休み」なさいでは「コレッ」 ダッ❕ にはおめにかかれないのは当然なのだった。

翌日「エッ」となる ❕

見逃しているのです・・見ていないので見逃す、と言うより見えていない・・??

宝くじかナンバ-ズでも買ったような気分でいてはこの FX と言う化け物には好かれないのがあたりまえなのだ。

一晩が明けて  レート を眺めた時は「ナニコレ」となるのです・・レート大きな動きでいまさらどうにもならなくなっているのです。

戻れない止められない・・決まってしまってますから!?

見たことのない スズメの涙程の持ち金の半分も消えた状態で見えなくなっている・・・!

実際の取引はこうだ!

実際注文は ランド・円 (8.530)で1千通貨を10倍で注文を前日 PM6.30に発注したので翌日期待をしながらチヤ-トを見たところ、なんと値上がりどころか逆に大きくな下がりになっていてそれも(8.087)になっていたのです。

その差が(443)になっていて注文時点のレートと今のレートの差は「443円」になりその10倍が実際の口座内容になっていた・・素人はここで驚いて8・087)で注文を出した、その結果はマイナス¥4.430.-(円です)・・・ガックとなる・・?ガックんとなった!

2万円を利用して数時間で4千円以上の損失をだしてしまった。

こんな状態で晩回など到底無理なので・利益などどこの国の話になってしまうのです。

懲りずにこんどはチヤ-トとニラメッコで今のレートより少しでも値が上がったら即決済を出すのですが・それが小さい儲け利益でホットして即決済、をしてしまうのですがその後に大きく価格が跳ね上がるので再度買いの注文と同時に、値上がりが鈍足となるか平行移動になってしまうのです。

そんな値動きは 誰かが見ているのだろうか・・?

20円とか15円とかの利益で ヨシ となってしまう、これでは利益など見られれるはずがない!

ここで気が付いたことは!

先のブログにも書きましたが・・マイナスになる速度がプラスになる速度よりも早いことです勘違いなのかとも思うのですが ロウソク足のマイナス速度は「ヱッ!」と言うほど早いアㇾ ・・ヱッ・・の速さです・逆にプラスのロウソク足の遅い事・・気のせいとも思うのですが。

まとめ

FXは胴元のいない「ギャンブル」のようなもんだと思ってしまうのです。

何かの書籍で読んだことを思い出してみます と !

私の取引を誰かが見ているのではないか・と・思うほど自分が発注すると必ず反対の方向にれレートが動いて行く???

私もその話には共鳴すりところがあります。

今度はーーこれだけ下がったのだからこんどは必ず上がるはずだとレートえを眺めて発注した直後に再度レートが-の方に急に動くのです・・・?

思い違いなんだと思いますがレート動きには驚き冷静な判断を狂わせてしまのうかも?

FXのレートは・無制限に上がりつずける事も下がりつずける事も今迄の経験ではありえない事だった。

このレートの変動と、どこで折り合いを付けるかが勝敗のかぎかも

白内障の症状と手術結果はこうだった!

白内障の手術を受けた!

自分が幼かったころの目の病は不治の病だったように思っていました
自分の母と同じ 年代だろうと思われる近所の人に目が何かに患っているのではないかと思はれる人がいました。

目の中の黒目が白くなっていた人に、緑いろになっている人もいました、その人が近所で話している内容は、これは(目の病)はあちらの世界に行かなければ治らないのだ と 言っている!

悲しいかな目の専門医がなかったしあるにせよそこまで行く為の旅費が大変な時代だ、そんな時代は今からさかのぼる事、約「60年」もまえのことでそんな時に目の病に侵されている人を見るのが怖かった・?

小学校の身体検査は頻繁に行っていた!

身体検査の内容は「体重」「身長」「胸囲」「座高」などベルトコンベアで運ばれるように次々と動き回ったのを思いだします。

そんな検査の中に「トラホ-ム」の検査もあったのです。
担当の医師の前に座るとすぐさま、瞼をひっくり返して何やら言うのですが、医師「お医者様」が怖かったので早く終わってほしかったことだけで、ただオドオドしていた。

小学校も高学年になった頃でも「目」の検査も頻繁に行われていました自分の番の眼検査が終わりホットしていた時 怖い「職員室」に呼び出され担任の先生に、○○君の目は「疑似トラホ-ム」になっているそうだから注意するように! ガン-!

自分は将来「盲目」になる!

自分の住んでいる近くにすでに「目」が白くなったり緑色になっている人を見ている自分は「ショック」で目の前が真っ暗になった。

「トラホ-ム」の疑いがあると言われて「疑似」なのに目の前が真っ暗になった。

現在の綺麗な水道の水ではなく、各家庭で井戸をほり、ポンプで水を汲んでいた頃ですから、貯めていた水で炊事、洗濯、風呂、洗面などをしていたのです。

朝は、あっちこっちがべこ凹の洗面器に井戸からポンプで汲み上げた貴重な水・・?で毎朝顔を洗っていたのです。

そんな時の顔の洗い方も「カラスの行水」? 洗うというより濡らすと言った方が「ピッタリ」の不衛生な洗顔・・? 生活だった。

眼の検査結果!

職員室で怖い先生に目の検査結果を聞かされ「ショック」でなんにも手に着かない。

自分は将来、母の知り合いが患っているようなことになる。

自分で出来る眼の健康法は洗面器で眼をあけて洗うことだった。

そんな素人療法でも、次回の眼の検査では何も言われなかった ゾ・!

小学校時代のトラウマで大人になっても眼の健康にはいつも不安に思っていた。

老人は目が弱くなる!

老人になれば口には出さないがめは弱くなるのだろうと思っていた。

自分も歳を重ねてきたのだから、身体も眼も疲れて来たのだろう・・!と自分を慰めていた。

これで分かった!

何かの会合が少し遠くの会場で夜6時から始まるのですが、その会合が終わると「懇親会」と言う酒の場でもあったので、自転車で会合に出た。

懇親会まで参加し自転車で返る時驚いた漫画に描かれている ようなる光が見えた煌びやかな眩しいその光は自動車のライトです、夜の自動車のライトで目の前が真っ白ろくキラキラ輝き自分の周辺がみえなくなるのです。

夜に見る時計がなんとなくボンヤリ? 全体の見え方がなんとなく暗い?これは? 年齢「加齢」だけででこうなるのではないだろう・・?

ヒヨットして「トラホ-ム」不治の病になったか・・?嫌な思いをしている小学校時代の眼の「疑似トラホ-ム」診察を思いだし不安でいるのも嫌なので「眼科」に行って検査をしてもらった貰った結果は・・「白内障」だった もうダメか・・?

眼科の先生がその場で「手術」で治りますよ と 言うのです・?エッ?続けていうのは、この手術は2週間後でないと出ないと思いますので受付で日取りを決めて下さい・?ナ、なんと狐につままれた!

手術は本当に楽だった !

そんなに「白内障」の手術をする人がいるのか・なーんだ、そうか「ホッ」手術日を受付で決めて、帰るときに思った、今は時代が変わった眼を手術する・のだ・・?

手術日に不安を持ちながら、手術室に入り・! 10分で「ハイ」終わりましたよ、こっちに来てください・ナニッ??

今日は車の運転はしないように、髪を洗うのもやめて下さい ネ ・・?だと あんなに不安だったのに、こんなに簡単に「手術」が終わる。

手術の次の日検査で時間指定で眼科に行き、検査を終え眼帯を外した瞬間見える世界が変わったのです。

おわりに
終わってみれば眼の手術は簡単「医師」に叱られそうですが簡単に思えた当然、眼科医の腕の良さあったと思います、評判の通りでした。

見えにくくなっている「ボンヤリ」してきた、なんとなく夜明けが遅い等と感じているのであれば眼の検査はした方が良いのでしょう。

運転免許証の更新で見え方がいまいち不安な方は一度「眼」の検査をした方がいいと思います、見え方が全く別世界で不安も消えます。

メガネ、目薬、では見え方の改善はないと経験上勝手に思います。