自治会アルミ缶の回収してみて驚いた!

毎月第2土曜日に町内の関係者が集まりアルミ缶その他tetu 鉄類などの廃品回収をしています、毎年4万円から5万円ほどの収入があります。

市の資源回収に出せば自治会単独の回収より助成金の額がそれとなく違ったことになるのですが町内の係りの人達と顔を合わせ確かめ会うことも自治会で行う理由の一つになっているのも大切な事なのです。

〇組の〇〇さん最近見えないようですが・・?    このニュ-スが大切なのです。

これが自治会で目指す回収作業・・?

自治会館手前の空き地に各家庭で回収袋に入れて持ってきてくれるのですが・・これがビックリ??! まさかこんなものが資源と思うのでしょうか・・? 「アルミ缶」「鉄缶」の回収お願いの回覧版を何度か町内に回しているのですが・・その結果は残念なことになっているのです。

自治会館前の空き地に回収した各家庭の資源・・?を置いもらっているのですが回収業者が来る前に再度分別をしなけならず面倒なで大変な作業なのです。

回収目的以外のものが混じっていれば・・?

回収業者が袋の中身を点検をして回収できるものしか車に積み込まないのです。「あたりまえ」

それは、資源回収の袋の中に一つでも別のものが混じっていれば回収してくれないと言う事です、例えば回収袋いっぱいにアルミ缶が入っているなかにドリンク飲料のガラス瓶とかペットボトルが一本でも入っていれば回収して行かなでその場に回収袋ごと置いて行きます。

毎月第2土曜日に町内の係りの人が回収袋を一つずつ確かめ、少しでも回収できないものが混じっていればそこですべて袋から出し再度入れ直すのですがこれば大変なのです、中にはソースなどが少し残っているのもそのままに回収袋に入れて出されると、一緒に入っているアルミ缶とかペットボトルに液体が付いてしまいそれの分別も楽ではなく当然手も汚れてしまいます。

これも資源と思っているのだろうか?

資源回収で最も驚くのが資源回収の袋の中にアルミ缶の中に「「タバコ」の吸い殻を入れたまま出してくるところとか、缶詰めを開けて中身を出した後洗わないで缶のなかにマダ中身が少し 残ったまま回収袋に入れて置いて行く家庭もあったりします。

テレビなどを置いて行く家庭もあったり、家庭の生ごみのまま置いて行ったりとさまざまなのです、到底資源にはならないものも結構あるのです。

そんな中でも困るのが「ガラス瓶」

アルミ缶と鉄缶と缶以外のアルミ、鉄製品とキッチリと分別して置いて行く家庭も結構あるのですが・・それ以外の出せるもなら何でもいいと思っている家庭も・・? あるのではないかと思われる勘違いをしているお家もあるのです。

「性善説」で回収場所に担当者が見張っているわけでもないし誰も見ていないので、どこのどなたがそんな置き方をしているのかは全くわからないのです。

綺麗にアルミ缶を回収袋一杯入れている一番底下に「ガラス」の瓶「お酒」「ドリンク剤」その他「お化粧」の瓶なども入っていればその回収袋を全部開けて入れ直し選抜し直し」をしなければならないのです。

せっかく資源回収に協力して下さるのでしたら綺麗な分別で出して頂ければすべてうまくいくのに何か悔しさがあるものです。

回収作業のビデオで見て下さい。

おわりに

町内の資源回収は始めてから今迄で約10年ほど経過してきましたが毎回同じようなことになるようです、再度分別しなければならないのは毎回同じです。

せっかく資源回収に協力して頂けるのであればチョットひと手間かけて出して頂ければと毎回思うのです。

あんな鉄の塊が動くとは何なんですか・?

昔の鉄の塊まりブルド-ザーのエンジンはこうして始動していた。

筆者が初めてブルドーザ-を見た時は何だこの鉄の塊は思いました。・・?

当時の運搬作業は馬か牛だった、たまに見ることが出来る自動車は改田作業で(内務省)使う自動車は今で言う4トント位のラックだったと思います。

今 記憶をたどれば・?内務省・・?が持っていたと思われるのですが、本当に、たまに走ってくるのを見るのですが、当時の道路事情は砂利道で自動車が来ると砂煙で遠くから走ってくるのが見えたものだった、それほど交通量も無かった。

砂利道に砂煙が立てば走って自動車(トラック)を見にいったのです・・?

そんな時代のブルド-ザ-はマダ整地されていない荒れ野原の整地に使われるのだったのですが悪ガキが見に行く時は何時うごくのかと思うようにドント止っていた。

筆者の少ない学校の休日でもたまに鉄の塊ブルド-ザ-の動く時があった轟音を響かせ荒地(砂利野原)の整地をしているのです。(化け物)

整地作業は砂利川原の石を平らにする(改田作業)ために砂利を押して高低を少なくする作業だった。

当時の整地作業は人馬一体の作業で1週間以上でも到底無理な作業をブルド-ザ-で簡単に1日で完了させてしまうよなお化け機械に見えた。

こんな、とんでもない鉄の塊のエンジンはどうして(エンジン始動)発動させるのかを当時の腕白どもは見たかった、筆者も当然腕白小僧の1員でしたからあんなでっかいエンジンを誰が始動させるのかと興味が頭から離れなかった。

まさかのエンジン始動方法!

腕白どもの少ない休日のときでも鉄の塊が動くとこがあったし、運良く発動機(エンジンを始動)を始動させる場面に出会う時もあった。

その頃でもチラホラと耕運機が見えていたがその耕運機を掛けるのに、エンジンについているフライホイルを手で回して一苦労して掛けていたのです。

耕運機のエンジンを冷やすのにはシリンダ-の上に水タンクがありそに水を入れて水冷のエンジンになっていた、その頃自動車はフロントバンパーの真ん中にクランク棒を入れる穴がありそこにクランク棒を刺して腕力でエンジンを始動していた。(逆回転の不安を持ちながら

「空冷」の小さいエンジンの耕運機も出始めてきましたがエンジンの始動はホイルに始動ロープを巻き思い切り引っ張りエンジンを回していましたがたなかなか発動しないのです、それでも相当はに高額な機械(発動機)だったのです。

バッテリーもセルモーターなかった・・!

スリップ式始動・・?? 今の車で当たり前のセルモ-タ-の役割です。

そんな時代の鉄の塊ブルド-ザ-のエンジンをかけるのには「エッ」と思う方法でデッカイ鉄の塊を始動させていました。

いち農家ではそんなに簡単に買えないと思われる高額な空冷の単気筒エンジンがブルド-ザ-のエンジンの脇に取り付けられていた・・!?

空冷の単気筒エンジンのホイルに細いロ-プを巻いて始めに空冷エンジンを(始動)し回転しているエンジンのプーリ-をブルド-ザ-の大きなフライホイルのにこすり付けてあのでっかいエンジンをかけていたのです。(セルモ-タ-?)

小さいエンジンでドデカイエンジンをて回して発動していた、始動を始めた鉄の塊が回り始る時の ドッドッ とうなる音は只々驚きだったし今でもその当時の光景いが想い出されます。

回り始めたエンジンの音の大きさはとんでもないものでした。

牛馬が遠くで鳴くのが聞こえるほど静かな空にあのでっかいエンジンを別のエンジンでかけて発動するさまの轟音は本当にすさまじかった。

隣にいる相手の耳に両手でメガホンを作って話さないと聞こえない程の轟音だったと記憶しています。

おわりに

今のエンジンは、押しボタンかキ-でなんの苦労もなしにエンジンが回り出すのです、今時、エンジンがかからない回らいなどと言えばどこの話だと笑われてしまいます。

今振り返って考えてみると、大げさに言えば AU のテレビ宣伝のような場面に鉄の塊がキャタピラを回して画面に出てくるようなものだったように思うのです。

当時は発動機のエンジンが回る、かかることはとても大変で一発で始動しようものなら万歳ものだった。

揮発油(ガソリン)を始動用コックに入れて発火しやすいようにして発動機のフライホイルを腕力で回してかけていたんです。